前回の続き。最終回。
3.実践
私は大学を卒業してから、商社での貿易業務、東南アジアでの海外駐在、アメリカのビジネススクール、アメリカの職場などで英語を使ってきました。現在は、海外企業の経営陣とのミーティング、議事録・投資分析レポート作成、上司・同僚とのコミュニケーションなど、ほぼすべての業務で英語を使っています。
しかしながら、私の英語力はネイティブレベルには遠く及ばず、語学力・文化理解といった点でのマイナスは、業務の専門性でカバーせざるを得ないのが実情です。私の英語力はグローバル企業の米国本社で這い上がっていくには全く不十分です。
渡米してから、ネイティブとの圧倒的な英語力の差を痛感しており、英語学習の道のりはまだまだ長いと思っています。ネイティブのように英語を操るのは非常に厳しい道のりで、英語は生涯学習していくものになりそうです。
a) レベル感
求められる英語力は、英語をどういう環境で、どう使っていきたいのかによって大きく変わってきます。海外旅行した時に少しコミュニケーションが取れたらいいのか、それとも英語以外の専門性を売りにして海外で生きていきたいのか、それとも、ネイティブだらけで文化的にもアウェーな環境で生き残っていきたいのか、など。
例えば、すし職人など「手に職系の仕事」につきたい場合は、専門的なスキルがより重視され、高い英語力は求められないでしょう。一方で、アメリカ人と同じ土俵で、保守的な業界で働きたい場合、或いは競争の激しいグローバル企業の米国本社で生き残っていきたい場合、ネイティブレベルの英語力が必要です。言語に依存するビジネスパーソンとして生きていくなら、相手の言語や文化に対する理解・リスペクトは必須。コンテクストに沿って言語を自在に操れる能力が求められます。
私は、官僚主義的な大企業には興味がなかったので、独立系の投資ファンドで働いています。グローバル企業の米国本社で這い上がっていくために必要な、ネイティブレベルの語学力は求められませんが、語学のハンディーキャップは職務の専門性でカバーしているという状況です。
ご参考までに、私の独断と偏見に基づくと、私の英語力は以下のように向上してきました。日本生まれ日本育ち、普通の公立校でしか教育を受けたことのないビジネスパーソンが、アメリカの会社に現地就職するために最低限必要な英語力について、ざっくりとしたイメージをお持ちいただけるかと思います。
- 慶應義塾大学(入試) ☆
- TOEIC905点 ☆☆
- 総合商社での海外駐在(東南アジア) ☆☆
- アメリカのビジネススクール(入試)TOEFL iBT 113点 ☆☆☆☆☆
- アメリカのビジネススクール(入学後) ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
- アメリカでの就職活動 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
① 慶應義塾大学(入試)☆
大学入試の時点では単語と文法、長文読解しかやっておらず、英語の聞き取りは出来ないし、スピーキングやライティング能力もほぼゼロでした。
② TOEIC905点 ☆☆
日常会話のリスニング能力が少し上達した程度で、スピーキングとライティングは全く出来ませんでした。海外旅行に行ったときに、それなりにコミュニケーションが取れるくらい。字幕なしでCNNを正確に理解することは出来ませんでした。
③ 総合商社での海外駐在 (東南アジア)☆☆
社内、取引先とのコミュニケーション(メール・電話対応)や書類の大半が英語で、英語を使うことにこなれてきました。ただ、英語圏での駐在でなかったこと、日本企業からの駐在だったということで、高い英語力は求められませんでした。シンガポール人以外は、英語がネイティブレベルではなく、本社の上司も日本人なので、そこそこ英語が使える日本人であれば、誰でもいいという環境でした。また、総合商社の社員ということで、取引先も一応リスペクトをしてくれて、私のつたない英語を聞いてくれていました。
恐らく、この時点では、会社の看板なしに海外で生き残れなかったと思います。海外に放り出されても、何とか基礎的なコミュニケーションを取っていける自信はついたものの、ネイティブだらけの会社に現地就職して生き残る自信はありませんでした。
④ アメリカのビジネススクール(入試)- TOEFL iBT113点 ☆☆☆☆☆
TOEFL iBTを通じて、人生で初めて4技能(リーディング、リスニング、ライティング、スピーキング)を網羅的に学習しました。TOEFL iBTは、留学生が英語圏の大学で授業についていけるか、不自由なくキャンパスライフを送れるかどうかを測るもの。試験対策を通じて、日常会話からアカデミックな分野(地理、生態学、生物学、歴史、美術、建築など)まで、幅広いトピックをカバーすることができました。110点を超えてくれば、世界トップのアメリカのビジネススクールで求められる最低限の基準を満たすことになります。
また、GMATという文法、批判的思考能力、リーディング、ライティングから成るネイティブ向けの英語の試験対策を通じ、文章を正確に速く読む力や、文法・クリティカルシンキング、ライティングの能力が磨かれました。英語のセクションは、TOEFLより遥に難易度が高く、私が人生で受けた中で断トツで難しい英語の試験でした。米国大学院留学の同期の大半は東大出身ですが、彼らも口を揃えてGMATのVerbal(英語)はヤバいという評価で、米国の大学院を受けないのであれば、マニアしか受けない試験です。
更に、大学院の入試面接対策を通じ、様々なトピックに対し、明瞭に意見を言えるよう訓練しました。これらの対策を通じて、4技能の基礎を網羅的に固めることが出来たと思います。
⑤ アメリカのビジネススクール(入学後) ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
しかしながら、いざ入学してみると、私の英語力はクラスでブッチギリで最下位。留学生といっても、アメリカのビジネススクールでは、2重国籍や幼少期にアメリカに移住してきたような、アメリカ人みたいな人ばかりで、その他留学生もインターナショナルスクールや英語圏の大学出身といった感じです。留学生だからと言って、甘やかしてくれる同級生は居ないですし、とりわけ入学直後は、アメリカ人もみんな必死で、本気モードで授業に臨んでくるので、周りについていくのが大変でした。予習復習で何とかなる自習タイプの科目は余裕でしたが、即興の英語力が求められる科目やグループワークはかなりの苦痛でした。
私のTOEFL iBTのリーディングセクションは満点ですが、同級生の読解スピードは下手したら3倍。リスニングも最高点が29/30ですが、同級生の会話が速すぎて聞き取れない、グループワークのライティングも、私が1時間かけるところ、学年トップの学生は15分で終わらせていました。スピーキングはご想像の通りです。。。
こんな感じで、高等教育を受けたネイティブが本気を出すとこれくらいになるという、英語のレベル感を肌で実感することが出来ました。いくら試験で高得点をとっても、試験対策では測れない、圧倒的な差が存在します。試験の得点は、英語力×試験への慣れ(テクニック)で決まってくるので、まあ参考程度で、英語は生涯学習していかなくてはなぁ、と再認識しました。
⑥ アメリカでの就職活動 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
日本企業の駐在員や、日本企業のアメリカ支社への就職ではなく、アメリカ人だらけのアメリカ企業に、グリーンカードを持っていない状態で就職するという前提で話をします。
渡米後、自分がアメリカ社会でマイノリティになり、駐在員とは違い企業の看板を背負わず生きていくことになると、大半の人が実は自分(或いは日本、アジア)には興味がないという現実に直面することと思います。自分は日本人ということで、日本国内ではマジョリティでしたが、渡米後に急にマイノリティになった感覚を味わい、当初は面喰ってしまいました。中国人も韓国人も日本人も、皆同じくくりで扱われることが殆どです。
それを乗り越えるためには、相手が興味を失わないよう、最低限の英語力は必要なのではないかと今は思っています。自分がビジネス、スポーツ、政治、芸術等の分野で突き抜けた存在で、何もしなくても人が寄ってくるような存在、もしくはすし職人など、手に職系の仕事についているのであれば話は別ですが、言語に依存するビジネスマンとして生きていくなら、相手の言語に対するリスペクトは必須。
例えば、日本で採用を行っているとして、アクセントが強く、文法も間違いだらけで意思疎通に不安のある外国人よりは、きれいな日本語を話し円滑なコミュニケーションを図れる外国人を雇いたいと思うのが自然なように、相手の不安や不快感を取り除くためには、相手の言語と文化に対するリスペクトが必要です。いくらアメリカが人種のるつぼとはいえ、保守的な側面もあり、例えばポリコレをやたらに気にするなど、日本以上に言葉狩りに敏感な文化もあります。私の身近な例でいうと、投資銀行のニューヨーク本社で働く中国、香港、スリランカ、ガーナ、ナイジェリア出身の友人の英語は、ほぼ完ぺきですが、業界が保守的ということで、採用選考でチェックされるテーブルマナーやグループ面接での振る舞いについてまでも、アメリカ人からトレーニングを受けていました(アメリカ人学生ですら気を付ける点らしいです。)。
もちろん、私のようにスピーキングではなく、リーディング、リスニング、ライティングの能力や調査・分析力がより重要になる投資ファンドのアナリスト職では、ここまでの英語力や、立ち振る舞いは求められません。それでも、通常の採用選考では、チームメンバー全員との面接・プレゼンがあり、学生時代とは別次元の英語力が必要となります。加えて、留学生を雇ってくれるアメリカ企業が少ないので、私の場合は、雇ってくれる会社を探すために、採用しているかもわからないアメリカ企業100社ほどにシラミ潰しにコンタクトを取り、面接をするよう説得を試みました。この辺についてどう切り抜けたか、面接に向けてどう英語力を磨いたか、ハードコアな就活日記になりそうですが、後日纏めたいと思います。
【補足】
アメリカは学歴社会です。例えば、大学院を出ていると、就労ビザに当選する確率が上がります。大学を出ていないと、応募資格さえないビザもあります。また、STEM(Science, Technology, Engineering, and Mathematics)と呼ばれる科学・技術・工学・数学の分野を専攻している学生はさらに優遇されており、卒業後3年間は学生ビザの延長で就労できます(他の選考科目では1年)。アメリカに足りない専門性やスキルを持った外国人のみを採用したいという思想に基づいて制度設計されているためです。アメリカ政府の基本姿勢は、大学に高い学費を払ってくれる留学生は歓迎ですが、卒業後アメリカに就職して、平均的アメリカ人ができる仕事を取る可能性のあるチープな外国人には厳しいというものです。
トランプ大統領就任後、米国の就労審査は非常に厳しくなっており、給与のレベルや、専攻科目と就職先の職務内容が一致しているか、移民局に厳しくチェックされています。近年、ビザ申請が拒否される確率が上昇しており、私の同級生にも、米国企業に内定をもらったものの、移民局の審査で承認が下りず、帰国を余儀なくされた人が多くいます。