
著者は、ボストンの運用会社GMO社の投資ストラテジスト。本著は、行動ファイナンスに関わるもので、金融市場と人間の性がお互いにどのように作用するのか、合理的な意思決定を下すために、非合理的な直観を排除するためにはどうしたらよいか解説してあります。中でも、人間の本能に刷り込まれた認知バイアスや感情バイアスに焦点を当て、 投資の意思決定の際に我々投資家が陥りやすい心理的罠を浮き彫りにしてくれており、その対策についても触れています。一例を抜粋すると、我々人間は、以下の状況(≒株式市場)で感情的な意思決定をしがちだそうです。
- 不明確で、複雑な問題に取り組んでいる時
- 情報が不完全、曖昧で変化している時
- 目的がうまく定義されておらず、変化している時
- ストレスのかかる局面(時間などの制約、イチかバチかの賭けなど)
- 意思決定が、他人との相互作用の中で下される時
アフリカ荒野の厳しい環境で生存していたことから、人間には条件反射が刷り込まれていますが、それはエビデンスをベースにしたロジカルな判断が必要とされる投資の大敵とされています。本書では、様々な実験によるエビデンスを提示し、以下の認知・感情バイアスを、投資家の具体的な行動やバブル形成の過程と結び付けて解説してくれています。
- 自信過剰(Overconfidence)
- 過剰楽観主義(Over-optimism)
- コントロールの錯覚(Illusion of control)
- 知識の幻想(Illusion of knowledge)
- フレーミングバイアス(Framing bias)
- 確証バイアス(Confirmation bias)
- 自己奉仕バイアス(Self-serving bias)
- 自己帰属感バイアス(Self-attribution bias)
- 後知恵バイアス(Hindsight bias)
- 近視眼的傾向(Myopia)
- 不注意盲(Inattentional blindness)
- 行動バイアス(Action bias)
- 保守性(Conservatism)
- アンカリング(Anchoring)
- 損失回避(Loss aversion)
- 埋没費用の罠(Sunk cost fallacy)
- その他、Group thinkなど
CFAの2次試験、3次試験の行動ファイナンスをまじめに勉強された方にはかなり馴染みのある分野です。本書では、投資で意思決定をする上で不可欠な視点が盛り込まれており、分量も多くないので、週末にサクッと読むのにおすすめ。
私は、機関投資家の資産を預かるファンドの運用チームで働いており、自分自身のみならず、チームのバイアスを排除し、エビデンスとロジックに基づいた合理的な意思決定を下すことが不可欠と考えています。自分達がどのような認知バイアス・感情バイアスに陥りやすいのか理解することが、より良い意思決定につながると考えており、自分や他人の直観などは信じないようにしています。
数年前に世界的にレジェンドと呼ばれている機関投資家に直接話を聞いたことがありますが、彼によれば、筋の良いファンドでは、バイアスを取り除くために、明確に定義された投資プロセス、チームベースで意思決定を行う仕組み、ガバナンス、組織構造、オープンに意見を交わすカルチャーが備わっていることが多いそうです。彼らは、直観に頼るような、パフォーマンスが再現不能なファンドマネジャーに投資することは絶対ないそうです。残念ながら、日本では殆どのファンドマネジャーがこの基準を満たさず「Not investable」とのことですが。
己自身が投資において最大の障害となりますが、感情バイアスは人間の性ということで、 プロセスや組織での意思決定なしに 一人で克服することは困難です。 本書に出てくるベンジャミングラハムの言葉を借りれば、
”The investor’s chief problem-and even his worst enemy-is likey to be himself”
個人として出来ることは、投資プロセスを明確に定義し、己を知り、投資の意思決定を行うことでしょうか。
アマゾン:The Little Book of Behavioral Investing: How not to be your own worst enemy