
前回ご紹介した本の中から、投資家の行動バイアスであるLoss aversion(損失回避)の実験について、メモしておきたいと思います。 行動ファイナンスの超基礎ですが、様々な実験についての言及がありますので、自分の備忘録として。投資家の行動を支配する行動バイアスは、投資家にとって非常に重要であり、個人的に大変興味のある分野ですので、これからも記事を書いていくつもりです。
実験1
A.100%の確率で2万4000ドルを獲得
B.25%の確率で10万ドルを得られる一方、75%の確率で何も得られない。つまり期待値は2万5000ドル
参加者は、期待値は低いものの確実に利益を得られるAを選択します。 Bの期待値が2万5000ドルで1000ドル高くなっていますが。これは、投資家によくみられる損失回避の行動(Risk aversion)と行動ファイナンスでは呼ばれています。
実験2
C.確実に7万5千ドル損する
D.75%の確率で10万ドル損する一方、25%の確率で損失を回避する(期待値は7万5000ドル)
一方、こちらの実験で参加者は損失を回避できるかもしれないものの、75%の確率で大きな損(10万ドル)をしてしまうDを選択します。確実に損失(7万5000ドル)が決定するCを選択するのは少数派です。
実験の示唆するもの
人間は潜在的な損失に直面したときに、損を回避できるかもしれないということで、ギャンブルする傾向にあります。行動ファイナンスでは、人間のこのような行動をRisk seeking(リスク選好)と呼んでいます。この実験の例では、損がゼロになるかもしれないという淡い期待にかけてしまうのです。 一方、実験1の損失に直面していない、アップサイドしかない状況では、確実に利益を得られる方を選好し、ギャンブルを行いませんでした。確実に利益を得られるのに何も得られない状況、つまりこれも損失を避けるためです。
人間は損失を極端に嫌う傾向があるが故に、潜在的な利益に直面した時と、潜在的な損失に直面した時では、異なった行動をとる傾向にあります。投資家が含み損を抱えたときに、合理的な行動がとれなくなる一因ともいわれています。
ディスポジション効果
ディスポジション効果は、投資家が含み損を抱えた株式を塩漬けにしてしまう傾向のことです。つまり、価格が上昇した株を早期に売り、一方で、下落した株を保有し続ける投資家の傾向のこと。
本書では、少し古いですが行動ファイナンスで有名なUCバークレーのテレンス・オーディーン教授の研究に触れています。1987年から1993年まで証券会社に開設された1万の口座の売買記録を調査した結果、含み損失を抱えたポジションの保有期間は中間値で124日である一方、未実現利益を抱えたポジションの保有期間は102日でした。
また、未実現損益を抱えたポジションを実際に売買して、損益を確定した割合についての調査もあります。結果は、含み損を実際に確定した割合は9%であったのに対し、未実現利益を確定した割合は15%というもの。つまり、個人投資家が未実現益を抱えたポジションを売る可能性は、含み損を抱えたポジションを売る可能性より1.7倍も高いことが判明しました。
教授は、この研究では更に踏み込んで、含み損を抱えたポジションを塩漬けにすることが、合理的な決断であったかを調べました。結果、塩漬けにしたポジションは、含み益を抱えたポジションを年間3.4%もアンダーパフォームしていることが判明しました。
著者は、個人投資家のこのような行動は、過剰な楽観主義・自信過剰・Self-attribution bias(間違いは外部要因のせいにする一方、利益は自分の実力によるものと思い込む傾向)などによって引き起こされるとしています。
後日触れる予定ですが、Endowment bias(自分の既に持っているものを手放してしまうことを強く嫌う傾向、 自分の持っているものを高く評価する傾向)により、ポジションを中々手放せなくなることも関係しているような気がします。
プロの投資家はどうか?
アンドレア・フラツィーニ(AQRキャピタルのプリンシパル)の研究で、個人投資家だけでなく、プロと呼ばれる投資信託のマネージャーにもLoss Aversion(損失回避)の傾向がみられることがわかりました。
フラツィーニ は、1980年から2002年までの投資信託の銘柄と売買記録を調べました。対象は、アメリカの投資信託3万本です。結果、含み損が実現された銘柄の割合は14.5%であったのに対し、含み益が実現された銘柄の割合は17.6%ということがわかりました。つまり、プロの投資家でも、含み損を抱えたポジションよりも、含み益を抱えたポジションを売ってしまう可能性が1.2倍高かったということです。
更に興味深いことに、 含み損を塩漬けしていたグループのパフォーマンスが最悪だったことがわかりました。このグループでは、 含み損を抱えたポジションよりも、含み益を抱えたポジションを売ってしまう可能性が1.7倍も高かったようです。 逆に、含み損益を抱えたポジションを売却処分する傾向のある投資信託のパフォーマンスが一番高かったということもわかりました。つまり、Loss Aversion(損失回避)の傾向を見せないグループが一番儲かっていたという話です。
対策
本書には、対策としてストップロスを用いるのが良いと書いてあります。例えば、決算発表で結果が悪い場合は、株価がが下がり続け、逆方向へモメンタムが継続してしまいます。こういう状況では、先述のディスポジション効果もあり投資家は含み損を抱えた株を保有し続けてしまいます。ストップロスは、事前にコミットすることで(Pre-commitment)、売却を先延ばししポジションを塩漬けすることを防ぐ、一つの手段としています。
私は、このアドバイスは個人投資家には良いと思いますが、完全には賛同しません。ある程度合理的な判断の出来る投資家、ファンダメンタリスト、ポジションを分散しているプロの投資家には、ストップロスは不要ということです。実際、ストップロスを使わないファンドマネジャーはいくらでもいます。なぜかというと、投資対象の業界・事業内容・収益構造・ビジネスモデルの堅牢性を適切に評価し、経営者のキャピタルマネジメントを理解し、バランスシートのリスクを把握し、ダウンサイドを把握し(アセットバリュー、フランチャイズバリュー、グロースバリューなど)、何が本当に重要なリスクなのか理解している長期投資家は、株価が下がっている局面では買い増しすべきです。また、機関投資家は通常それなりに分散投資しています。数銘柄に100%も投資することは殆どなく、集中投資をしていても、一銘柄当たり6%~10%程度だろうと思います。従い、機関投資家としては、組織内で認知バイアス、感情バイアスを取り除く投資プロセスや、利害対立を生まない組織形態、ガバナンス、意思決定のプロセスなどを持つことが何よりも大事になってくると思います。