自社株買いが及ぼす、会社の本源的価値への影響

市場では自社株買いが好感されることが多いですが、経営陣の短期的な報酬を最大化するために、財務の健全性を犠牲にしてまで行っているという批判的な声も聞きます。アメリカでは一株当たり利益であるEPSが役員報酬と連動していることが多いため、経営陣がこのような行動を取りやすいと言われています。

以下、Investpediaより抜粋したグラフで、アメリカのS&P500採用銘柄における自社株買いの金額を表しています。80年代まで一般的ではありませんでしたが、2003年頃から自社株買いが活発になってきました。2020年4月に掲載されたハーバードビジネスレビューの記事によれば、現在アメリカ企業において利益の半分以上が自社株買いに向けられています。本来は本業の成長のための設備投資や研究開発、雇用の創出に使うべきお金が自社株買いに使われており、社会のシステムとしてかえって非効率になっているのではないかと憂いている経済学者、投資家もいるようです。

経営者や市場参加者の中には、自社株買いを行うと市場に流通する株式総数が減少するため、一株当たり利益が上昇し、会社の株価が上がると思っている人が多く存在するようです。しかしながら、会社の本源的価値に焦点を当てると、実はこの考え方は必ずしも正しくないことが分かりますので以下解説します。

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1.自社株買いで一株当たりの利益(EPS)や一株当たりの本源的価値は増加するかもしれないが、本源的価値の総額は基本増えない

話を分かりやすくするため、有利子負債や節税効果をゼロとし、自社株で発生しる金庫株も消却する前提で例を挙げます。

表をご覧ください。余剰現金が200、発行済株式数100の会社で、余剰現金全額を利用した発行済株式の9%、9.09株(=200/22 )の自社株買いを行います。自社株買い後の現金は0、発行済株式数は91(=100-9.09)になります。自社株買いは会社の事業に全く影響しないため、当然事業に対するリターンを表すROICは20%で変化しません。一方で、ROEは増加します。分子の純利益は、余剰現金から発生する金利がゼロになるため減少しますが、分母の株主資本が減少するためROEは増加する計算です。EPSも上昇します。

しかしながら、株主価値は、余剰現金が自社株買いによって減少するため、2200から2000に減少し、この株式の本源的価値減少を反映して、PERは10.5から10.0に切り下がります。この現象は、自社株買いに負債を用いた場合でも起こります(※少し古いですが、マッキンゼーの記事をご覧ください)。尚、自社株買いで上昇するEPSやROEは、株主の本源的価値ではありませんので注意が必要です。

有利子負債を利用して自社株買いをする場合、負債の調達コストである金利が益利回り(earnings yield=EPS/stock price)を上回る場合はEPSが下落します。自社株買いによってEPSが上昇するのは、負債の調達コストが益利回りを下回る場合のみです。条件次第では、EPSも下がりうるということです。

2. 株価が会社の本源的価値よりも低い時に行われる自社株買いは、一株当たりの本源的価値を増大させる

ただし、世界一の投資家ウォーレン・バフェットや著名なファンドマネジャーが主張するように、自社株買いは、1)株式が本源的価値よりも低い価格で取引されているとき、2)本業で投資機会がないとき、に行われれば株主価値を増加させることが出来ます。

先ほどの例で、一株が22ではなく10で取引されているとします。余剰現金が200、発行済株式数100の会社で、余剰現金全額を自社株買いに利用すると、発行済株式の20%に相当する20株(=200/10 )が消却されることになります。自社株買い後の現金は0、発行済株式数は80(=100-20)になります。

一番最初に挙げた例では、自社株買いによって発行済株式数は91に減少しましたが、こちらの例では80にまで減少しました。この2つの例で異なるのは消却後発行済株式数だけです。つまり、会社の本源的価値は同じですが、総株式数が後者では少なくなるため、一株当たりの本源的価値は前者のものよりも大きくなります。

ただし、本源的価値はいくらかという問題があります。アメリカでは高い値段で自社株買いが行われるため、企業価値が毀損されてしまっているという分析もありますが、日本では割安な会社が多いため、一株当たりの本源的価値が下がってしまうような自社株買いは比較的少なそうです。

3.自社株買いでなぜPERは下がるのか

先の例では、会社は①事業資産1000と、②非事業資産(余剰現金)200に分けられます。

  • ①事業資産1000のPERは10.0(自社株買い後の事業体は余剰現金を保有していない)
  • ②非事業資産(余剰現金)200のPERは20(余剰現金200/金利10)

自社株買い前の会社は、①事業資産と②非事業資産(余剰現金)を保有するため、自社株買い前のPERは単純に①事業資産のPER10と、②非事業資産(余剰現金)のPER20の加重平均である10.5(=10*200/210+20*10/210)になります。

一方、余剰現金を自社株買いに使用した後、会社は ①事業資産1000だけを保有することになるため、PERは10倍に切り下がります。会社の事業に変化がないため、単純に計算上の問題でPERが切り下がることが分かります。

4.自社株買いによって、負債の節税効果「Tax Shield」を利用できる場合、会社の事業価値は少しだけ向上する

ファイナンスの基本ですが、金利費用は税控除の対象ですが、配当は対象外であるため、自社株買いを通じて余剰現金を減らし有利子負債を活用すると、少しですが資本コストが下がります。余業現金を抱えすぎると、会社の資本コストが上昇します。投資家が配当に対して払う税金も自社株買いではかかりません。

5.自社株買いでなぜ株価は上がるか

一つ目は、先ほど述べたように、本源的価値より安い値段で自社株買いが出来れば、一株当たりの本源的価値が上がるので、株価は上がるでしょう。

また、自社株買いは、最適な資本構成に近づくことで資本コストを下げるためのツールです。こちらの例では、総発行株式の9%に相当する巨額の自社株買いを行う前提ですが、節税効果による本源的価値上昇はたった0.5%です。金利などの前提次第で多少変わりますが、大型の自社株買いをしても理屈的にはせいぜい数%しか本源的価値は上がりません。しかしながら、少しでも最適な資本構成に近づくということは資本コストが下がるという意味で、会社にとってプラスに働きます。

さらに、現実での市場の反応は、シグナル効果で更に大きなものとなる可能性があります。

6.シグナル効果

会社が行う自社株買いは、その会社について何らかの示唆を与えてくれます。

一つ目は、会社の株価が割安だという市場へのメッセージです。会社について一番理解しているのは経営陣です。そのインサイダーが買いの判断を下したということは、株価が割安という強いシグナルだというものです。また、株価が下がったときに自社株買いが行われることは、投資家にとって安心材料になります。

2つ目は、余剰現金を抱えなくても十分に事業を運営していけるという、経営陣の会社の将来に対する自信の度合いを示すというものです。

3つ目は、資本政策の規律、経営陣のキャピタルマネジメントが優れているというシグナルです。自社株買いをするということは、余剰現金を投資するような機会が本業にない、或いは、本業で儲かりすぎて余剰現金が積み上がっている状態です。余剰現金は株主に帰属するものであり、株主価値を毀損するような投資案件に使われるよりは、自社株買いか配当で還元されるべきと投資家は考えます。投資機会がないということは、本業にとってはマイナスですが、経営陣のキャピタルマネジメントも株式市場では重要な評価軸の一つになっており、余剰資金を株主に還元してくれる会社は市場で歓迎される傾向にあります。

7.経営陣の報酬を担保するため・EPSを操作するための自社株買いは、長期的な会社の競争力低下、事業価値の毀損につながる恐れ

アメリカの製薬会社による自社株買いは、研究開発費を犠牲にしてまでやるべきものなのかということで物議を醸しています。自社株買いをすることによって、その後設備投資、研究開発、人材採用に投入するための十分なお金が無くなってしまい、結局のところ、会社の事業価値を長期的には毀損している恐れがあるという調査結果があります。

CFA協会の公式ウェブサイトで紹介された2016年の研究によると、EPSが市場の期待値を下回るような会社が穴埋めのために自社株買いを行うと、その後1年間、設備投資、雇用、研究開発費用が減少する傾向があるとの結果が出ました。調査対象は、全企業で1988年から2010年まで全四半期で、金融や電力会社などを除いた39万のサンプルです。

自分の報酬がEPSに紐付いているため、経営陣はEPSの目標をどうにか達成しようと、自社株買いの手段に出るというものですが、そういったEPSの操作は、結局のところ事業の長期的な競争力に寄与するどころかマイナスの影響がある可能性を示唆しています。

8.自社株買いが一株当たり純資産(BVPS)に与える影響

株価がBVPS(一株当たり純資産)より高いと、 会社が自社株買いを行った後のBVPS(一株当たり純資産)は減少します。逆に、株価がBVPSより低いと自社株買い後はBVPSが上がります。株価がBVPSと同じであれば、BVPSに変化はありません。以下具体例を見ていきましょう。

BVPSやEPSは自社株買いによって大きく変動しますが、これらは一つの指標に過ぎず、事業価値や株主価値を表すものでもありません。自社株買いが事業価値を大きく向上させるものではありませんが、一株当たりの本源的価値を向上させる可能性があることは先にも述べた通りです。実務上は、株価が大きく純資産価値割れしたタイミングなどで自社株買いを行い、株価が大幅に上昇したタイミングで、株式交換を利用して他の企業を買収するというファイナンスの例もあり、やり方次第で株主にとってプラスになるという議論もあります。

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