最適資本構成追求の実務

所感その①その② にて、バイサイドに興味のある方は読むべき良書ということでROIC経営「日経新聞出版社」紹介させていただきました。新たに学べることはあまりありませんでしたが、一部馴染みのない内容があったので、自分のために一部メモしておきたいと思います。

1.自社の格付けとDebt Capacity(追加可能な借入枠)から試算する方法

現在の格付けを踏まえ、事業を継続する上でどこまで有利子負債を増やすことができるかという観点から最適資本構成を考察する方法。他人資本で資金を調達する場合、調達可能額は格付けで決まってしまう現実があるので、格付けを踏まえつつ有利子負債をどれだけ活用するのか、どれくらいの格付けを維持するのかといった方針を決めていきます。

格付けは、格付機関のアプローチや業種によって異なりますが、一般論としては、産業リスク、個別企業の事業、財務から総合的に判断していきます。日系と外資系で異なるのは、安全性と規模に対する評価の部分で、日系は財務の健全性を意識しているのに対して、外資系は返済能力を重視しているようです。外資系が返済能力を重視する背景には、格付けは、債券投資家のための指標で、債券の償還や金利負担を補うだけのキャッシュフローを持続的に創出できるかどうかが重要という考え方があります。また、負債コストの方が株主資本コストよりも割安であることから、外国企業は財務戦略上適正なレバレッジをかけることを重視していることも背景の一つだそうです。

  • 産業リスクの評価:市場規模や市場の成長性、参入障壁の有無、顧客の安定性
  • 個別企業の事業の評価:主力製品のマーケットシェア、コスト競争力、事業ポートフォリオの分散度、技術研究開発力、ガバナンス
  • 財務:収益性(EBITDA Margin、ROAなど)レバレッジ/カバレッジ(Debt/EBITDA、FCF/Debt(主に外資系)など)、安全性(インタレスト・カバレッジ・レシオ、自己資本比率(主に日系))
  • 規模:自己資本額(主に日系)、営業収益(主に外資系)

格付けの方法は公開されていないため、同業他社の格付け取得状況なども踏まえた分析も必要です。

これらを念頭に、自社の定性・定量情報を当てはめていけば、自社の格付けやDebt Capacityを逆算でき、最終的に自社の目標とする格付けとそこから想定される有利子負債の最大調達額(最適資本構成)を導き出すことができます。この場合、当然ながら、事業戦略を踏まえ格下げをどこまで許容するかは経営判断となります。

短所は、高格付けを取得している企業が現状維持を目標とすると、自己資本比率を高いままに維持しようというインセンティブが働き、株主価値を毀損する可能性があることです(有利子負債が少ないために、ROEが株主資本コスト以上に上がらない)。

2.事業リスクに対するバッファーとしてどの程度の自己資本が必要かを試算する方法

事業を支える上で最低限必要な自己資本の水準を最適資本構成とする方法。バランスシートが追う可能性のあるリスクに対してどれだけのバッファーが必要かという観点から最低限必要な自己資本を算出します。ある投資先のCFOに、この方法を採用しているとう話を聞いたことがありますが、日本企業の間で、実態としてどの手法が最も採用されているかはわかりません(ご存じの方は教えてください)。

簡便法として、固定長期適合率( 固定資産 ÷( 固定負債 + 自己資本)= 固定資産を長期資金でどれだけカバーされているかで100%以下が良い)が挙げられていますが、長期有利子負債と自己資本の構成比がわからないので、より詳細に検証するためには、バランスシートを毀損しうる最大リスクを見積もった上で、必要な自己資本の水準を試算する必要があります。

そのようなリスクには、業績悪化に伴う減損リスクがあり、有形固定資産、のれん、その他の無形固定資産が対象となります。実際に減損が起こる際は、減損損失以上の損失が、事業で想定されるため、企業が念頭に置くべき事業リスクを、「業績下振れリスクの顕在化による損失額」+「業績下振れリスクの顕在化による減損損失」だと本書では定義しています。

また、売掛金の未回収、棚卸資産の評価減、外貨建て資産に係る為替リスクなど、その他のバランスシートに起因するリスクも業種や個別企業の状況に応じて加味する必要があります。

自己資本のレベル感は、リスクが顕在化した後でも当面は事業を継続することができる程度で、 過去の経験則や測定モデルのを活用し、当然ながら経営判断で決定されます。

短所は、リスクを過剰に見積もりすぎると自己資本が過大になり、株主価値が毀損される恐れがあることです。

3.投資家の期待収益率から逆算する方法

株主や債権者の期待リターンを満たすには、どれくらいの資本投下が適切かを考える用法。バランスシートが肥大化した日本企業が多いことを考えると、この視点を採用している日本企業が多いとは思えません。日本では、株主資本コストがゼロだと思っている経営者も少なくありません。

まず、企業の収益力(NOPAT)を所与とし、逆算で最大必要投下資本を算出します。本書の例では、NOPATが1,000億円で、期待ROICが5%とすると、最大必要投下資本は2兆円(=1,000億円÷0.05)。次に、株主に帰属する当期純利益800億円と、株主が期待するROE10%(仮)を所与とし、最低限必要な自己資本を逆算すると、8,000億円(=800億円÷0.1)。有利子負債の必要調達額は、2兆円-8,000億円=1兆2,000億円となります。

短所は、期待リターンを過度に意識しすぎると、自己資本を低水準に抑えようというインセンティブが働き、後に財務リスクが顕在化する恐れがあること。また、自社で算出する期待ROICや期待ROEが、株主や債権者のものと一致しない可能性もあります。私自身の経験ですが、日本企業のIRにハードルレートを聞くと、そもそも把握していない場合が多いですが、把握している場合でさえも低すぎて、心配になることがあります。企業価値を破壊するようなプロジェクトに投資をするくらいなら、配当や自社株買いを通じで株主に資金を返すべきだと思ってしまいます。

4.結論

本書によれば、有利子負債の調達額や調達コストが格付けによって左右されるという現実に鑑みると、1番目の格付けアプローチをベースにするのが実務的であろうとのこと。まず、自社が目標とする格付けとDebt Capacityを算出し、これをベースとして2番目と3番目のアプローチにより自己資本の適切な水準や、投資家の期待リターンを加味し、同業社も参考にしながら総合的に最適資本構成を追求していくことになりそうです。事業で期待リターンを創出できないのであれば、事業ポートフォリオやコスト構造、事業投資などの中長期的な戦略を見直す必要があります。

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